こなあんな♂

アラ還介護士の日常。

わたし陸上競技部でした。

今週のお題「わたし○○部でした」。

神奈川大学ですが一応がらにもなく体育会系。

 

陸上を選んだのは当時マラソン瀬古利彦選手が活躍していた頃。

ジョギングブームもあって長距離を専門としてました。

記録的には全然でしたが身体は十分鍛えられたし太りにくい体質も形成できたと思ってます。

 

神奈川大と言えば箱根駅伝でおなじみですが、私の頃は箱根なんて夢のまた夢。

そもそも長距離が10人もいない。私の記録が10人集まっても予選突破出来ないのだから暗黒時代と言っていいでしょう。

先輩OBからも「神大、昔は何度も箱根にでてたのに、今はなんだ!」と理不尽な説教。

(昭和50年以前に数回箱根に出場しています)。

私の代が卒業してからは急成長!総合優勝もしたしすっかり箱根の常連となったはずですが。。。

 

先月の予選会、神奈川大は13年ぶりに出場を逃すという悲劇に。また黒い歴史が始まるのでは?

と少々嫌な予感のする部活の思い出、となりました。 

 

この3資格が今の自分を形成してる。

今週のお題「試験の思い出」。

細かいのも含めるといろいろ資格は持ってます。

やっぱり合格すると嬉しいし、周りも認めてくれる。

たとえ他人に言わなくても自ずと立ち振る舞いや言動、顔の表情にも自信と誇りが溢れポジティブな生活を築けると思います。

そして資格取得の履歴はそのまま自分のアルバムになり生きた証として形に残せると思ってます。

その中から自分の60年の人生の中、特に思い出深い、次のステージのエポックになった3つの資格を紹介します。

 

その1「第二種情報処理技術者」。

もう35年前です。今で言えば「基本情報技術者」でしょうか。

大卒で最初に就いた職がプログラマでしたがほとんど素人状態での入社。

苦労しましたが少しでも資格取得で武装しないとやって行けなかったです。

資格手当で給料5000円アップは励みになったなぁ。

当時は磁気テープの読み取り時間の計算とか、言語はCOBOLとか。

今ではとても通用しないレベルでしたが、この世界の礎には携わったこと、いい思い出です。

でもシステムエンジニアには実力不足でなれなかった😿。

 

その2「介護福祉士」。

これは6年前。今の生計を立ててると言っていい大事な資格です。

父が他界して一人暮らしになったのをきっかけに介護の世界に入り、自立していく上でもとにかく介護のプロになろうと張り切って勉強しました取得したのが54歳。受かった時は「もうこれで勉強なんて一生しない!」と思ったものですが、今はちなみにケアマネジャー勉強中(⌒-⌒; )。

介護の世界で自分のキャリアを終わらせたいですから。

記憶力は明らかに落ちてるけどなんとか人生最後の勉強?に勤しんでおります。

 

その3「販売士検定2級」。

これは12年前、小売販売員をやっていた頃取得しました

(転職してばっかりだなぁε-(´∀`; )。結局何やっても長続きしないんじゃないか😭)。

これは民間資格だしそんなに難易度は高くないけど、結構この分野は好きだし一般常識もかなり学ばせてもらいました。

ただ当時の職場としては最悪。自分の爪痕を残すべく意地で取得してさっさと辞めました。資格は好きだけどいい思い出は無いです。

 

特に自分のキャリアを形成したのがこの3つだと思いますが、まだ武道の段位とか難易度の低い民間資格は結構あります。

 

(大学受験とかクルマの免許は意外と思い入れが無い。実はすごい身になっているはずなのに、職業とリンクした思い出が無いからかな?)

 

たとえ履歴書に書いてもパワーを発揮しない資格でも、それが自分の自信に繋がれば、性格や生活が明るい方向に導けば、どんな資格でも私の財産です。

今はケアマネに向けて勉強中ですが実はまだまだ挑戦したい資格があります。

落ちても受かってもここで記事にしたいと思ってますので機会あったらまた読んでください。

 

 

『捨剣』に想いを馳せる。

今週のお題「読書の秋」。

今読んでいるのが故佐江衆一先生の『捨剣』です。

 

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有名ではないですが杖術創始者夢想権之助の生涯を描いた時代小説です。

宮本武蔵に敗れ、対抗すべく杖術をあみ出した男の物語、フィクション要素満載でしょうが興味深い内容です。

自分は杖道をやっているのでその源流となる神道夢想流杖術については貪欲に知識を吸収してるつもりです。

最近ですがこの本に巡り合い、スローペースですが秋の夜長を楽しんでいます。

そして本日、作者の佐江衆一先生は去年他界されたことを知りました。

先生自身も杖術師範、剣道5段で同じ神奈川県で修行されてた武道家でした。

もちろん私などはお会いしておりませんが、まだまだこれからも活躍が期待されていただけに残念ですね。心して愛読させていただきます。

 

好きなビートルズ.ナンバー10選

はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選」。

ああもうこれは定番でしょ。私以外でもピックアップするでしょ?

余計な解説は不要かも。

 

1  「抱きしめたい

  小学生の時、衝撃受けましたわ。一度でいいから生で聴きたかったな。

2  「レット・イット・ビー

  中学の校内放送で聞いたのが最初かも。正直ポールの歌声はおっさん臭い、印象でした。

3  「オブラディ・オブラダ

  カーナビーツとかカバーしてましたね。最も幼少に聞いた曲かも。

4  「ヒアゼアアンドエブリホェア

  カラオケで歌っても周りは意外と反応薄いんです(;ω;)。

5  「エスタディ

  これこそ定番ですね。中学2年の時聴いて涙しました。厨二病のハシリですね。

6  「エニイタイム・アット・オール

  ジョンの初期の名作。鈴木ヒロミツさんも大好きなナンバーでした。

7  「オール・アイヴ・ゴット・トゥ・ドゥ

  これもジョンレノン作。まだ20歳そこそこなのに。やっぱりジョンは天才ですね。

8  「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア

  もう60年近く昔の曲なのに。全く色あせないロック魂!

9  「ジュリア

  後のラブ、やオーマイラブの礎になったような名曲です。

10 「ワーズ・オブ・ラブ

  カバーですがジョン&ポールの魅力たっぷり詰まってます。
  

その日の気分によってコロコロかわるかも?というランキングでしたが、とりあえずポールが来日した時に歌って欲しいなあ、という基準で選びました。

「抱きしめたい」はぜひ聞きたいけど、もう無理かな。

介護職に目覚めた。

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと」。

いいお題ですね。10年前を思い出して。自分はちょうど無職でした。

 

認知症の父親と二人暮らし、いろいろ参っていた時期です。

「親の介護の為退職」、と言えば聞こえはいいですが。

自分も行き詰まり、勤めを辞めて先が見えないまま父を診てきたつもりです。

いえ決して父親を責めるわけではありません。情けない己が悔やまれます。

 

でもまだ50歳。働かないで生きていけるわけはありません。

そこで考えたのが介護の勉強して、父親の為、家計の為、己のキャリアの為に役立つ道を選んだわけです。

 

10年前・・・、ちょうどヘルパー2級の講習受けてましたね、懐かしいです。

たしかクラスでは男性は私1人だったな。最年長ではなかったけどみなさん優しくしてくれた。

(みんなもうリーダークラスで活躍してるかな)。

 

私はその後ヘルパー2級取得後、訪問介護員として登録。

介護職としてスタートを切った矢先に父は心筋梗塞で他界。

勉強してきたはずなのに、皮肉なものですね。働かなかったら父はもう少し長生きできたのかも。。。。。

 

おっとその話はここではテーマ外れですね。

また機会があったらこの10年の「経緯」もお話できたらと思います。

 

そして今、変わったことと言えば、介護職員のプロになったこと。

父はこの世を去り、彼女も去り🥲、猫🐱と暮らすようになったこと。

親戚付き合いも途絶えたかな。父と違って付き合いないし。

 

変わらないのは、うーん🤔、体型かな。

おかげさまでほとんど変化無し。

杖道修行しているけど、ジョギングはこの10年それ以前に比べると走らなくなったから運動神経は間違いなく劣化してますね。